初瀬野慶久(id:hatuseno)はあたまが悪い

  
毎度、質問にまともに答えもせずブクマでネガコメを繰り返す、初瀬野(id:hatuseno)に、id:teraccaoが先日の記事で、
  
(Q1)「レッテル貼りとは何か具体的に教えろ」
(Q2)「おれの記事の左翼かぶれ教師的な部分を教えろ」
(Q3)「おれの記事をこき下ろしているらしいが、それを詳しく教えろ」
と言っていたんだが、ようやくコメント欄にレスが来た→http://d.hatena.ne.jp/terracao/20080624/1214307586#c1214543919
  
あたまがすごく悪いと思った!
  
以下返答。
  

Q1.「レッテル貼り」とは具体的に何を指しているのか
  
A1. 授業中突然、授業には全く関係のない自衛隊、死刑制度の是非などの話を始め教師に意見を述べたりしようものなら「お前は右翼候補生だな博多駅前の街宣車に乗せてもらって来い!!」「人の命は地球より重いという言葉を知らんのか?死刑囚の命は被害者と同じだ!!」など罵倒、自分に対しレッテル貼りをする教師が私が小学校、中学校当時多くいましたのでアナタもその手合いなのかということでネガティブなコメントを付けました。

  
お前、おっさんに思いっきりレッテル貼ってるだろ、莫迦
「あなたもその手合いなのかということで...」じゃねえwww
お前のトラウマなんかどーでもいい。マヂで。記事の中の「レッテル貼り」の部分を教えろと言っているのに。
  

Q2. 「20年位前ウチの中学に居た左翼かぶれの教師どもと同じ内容」とはどんなものか
  
A2. id:teraccaoがエントリに書いた内容そのままです。
また昭和年代は自衛隊憲法九条の話題を授業中突然語り始め正常な授業の進行を行わない問題教師が多く居ました

  
お前莫迦か? 莫迦なのか? 莫迦だろ? わかった、莫迦だ!
お前、自分で何言ったのか覚えてるのか?
お前は以前「id:teraccaoの記事は、ウチの中学の左翼かぶれ教師と同じ内容」と言ってたわけだが。
そこにお前の回答をそのまま埋め込むと、
id:teraccaoの記事は、ウチの中学の左翼かぶれ教師と同じ内容」とは、「id:teraccaoがエントリに書いた内容そのまま」
...と、こうなる。
お前は阿呆か? 阿呆だな?
だいたい今回の話と自衛隊憲法九条と何の関係があるんだよ。関係ない話を「突然語り始め」てるのはお前だろw
お前は単なる自分のトラウマ教師のネガじゃねーか。
  

Q3. その内容をどのような根拠でこき下ろしているのか
  
A3. 法に従い刑務官、法務大臣は働いているわけでアナタの言うとおり彼らは「死に神」と呼称するのは間違いではないですが忌み言葉である呼び方を国民に代わって犯罪者に死を与えなければならない彼らにぶつけるのは無神経と感じました。

  
は?
おっさんは「一億三千万が死に神だ」と言ったわけだが。
それじゃなにか。刑務官・法務大臣に対してだけは無神経だから言うなってことか。
「一億三千万が死に神だ(法務大臣と刑務官は除く)」ならいいのか?
  

また最初のはてぶコメントに対し呉氏が左翼かどうかというアナタの質問は私には意味不明です。
私は呉氏という方がどういう方か存じません。
生徒の反発に対し全く別の質問をぶつけ話題をそらす事が多々ある教師を思い出しました。
アナタが今回あげたエントリに関してこの呉氏について知らない学の無い者は意見をするなという穿った見方をしてしまいます。

  
ググれカス
呉智英 に一致する日本語のページ 約 201,000 件」
  

今回の件は私も熱くなっている自覚はあります。アナタにとって理不尽でしょう。
が、教師に対して下げる頭は持ち合わせておりませんのでアナタも腹が立っているのであれば素直に怒りを表明したほうが良いでしょう
あなたの取り巻きがさっそくはてぶで私にネガコメ付けてはしゃいでますが、さすが教師の取り巻きども罵倒に芸が無いですよ。
ハゲ瀬野にはひどく傷ついた。
本人にはどうしようもない見た目で侮蔑的な発言は下種のやることです。
あぁちなみに私はこんな人。
http://blog-imgs-19.fc2.com/z/e/p/zepyhrer/IMGP1560.jpg

  
id:hatusenoは頭がおかしいから関わらないほうがいいですよ」ということか?
自分はレッテル貼りでネガティヴブックマークコメントで罵倒をするけど、他人にされると泣いちゃいそうになるのね。
  

今回の私の罵倒に対しては私のID非表示などをして無視するのが良かったと思いますよ。
私とのやり取りであなたが得るものは無いでしょう。
有るとするなら徹底的に教師に敵意を持つ人もいるんだな位でしょう。

  
得るものはあった。「こいつはレッテル貼りだ!」というレッテルを貼るバカが存在すること。「レッテル貼り」つう分析ツールを持ってる奴は少しは賢いかと思ったが、こういう莫迦もいるのか、ということ。
本当にあたまが悪い。

 おばさんぶろぐ3

  
 議論に向かない人というのが存在する。
 基本的には莫迦な人が多いのだが、どう莫迦なのかというと、自分の意見と違うことを言われると、自分が攻撃されていると理解するようだ。
 意見が違うのならば、その意見の理由でも根拠でも比較し合えば良いのであって、多くのことは、意見の相違で敵対するわけではない。
  
 ともあれ、違う意見を持つから、別の意見を提示すると、過剰なまでの反応で「思ったことを書いただけなのに、なんで?」とショックを受けていたりする。
 たぶんね、おばさんも「思ったことを書いただけ」だと思うよ。
 さらには「友好的に接してきたのに。尊敬してるとまで書いたのに」とか、ショックのあまり意味不明なことまで口走ったりする人もいるけど、別に友好的に接した人と必ず意見が一致するとは限らないと思うよ。
  
 私が思うに、おばさんはただ違う意見を持っているときは、違う意見を持っていると「思ったことを書いただけ」です。
 もしもおばさんが攻撃的に書くことがあるとするならば、それは、棄て台詞のようなコメントを残して逃げる品性下劣な奴に対してだと思うよ。
 たとえば「自分の意見を強要しないで」とか「価値観は人それぞれでしょ」とかね。
 自分が意見を言うのは「思ったことを書いただけ」で、他人に違う意見を言われると「自分の意見を強要しないで」とか、自己中心的だとの認識も出来ない莫迦な人が嫌いなんだと思う。
 だから、莫迦莫迦なりに、莫迦な意見であっても、筋道を立てる努力をして意見の応酬をしている限り、おばさんはきちんと一目を置くんじゃないかな。
  
 それこそね、「価値観は人それぞれ」なんだから、おばさんが自分の意見と違う主張をしたからといって、敵対とか攻撃とか思うのは愚かの極みだし、おばさんが「思ったことを書いただけ」で「自分の意見の強要をするな」というのは、自分の意見の強要なんじゃない?*1
 もしも、一方的に意見を強要されているとうっかり反発するのならばね、それはきっと莫迦だから、すぐに潰されちゃうような莫迦な意見しか持てないからだと思うよ。
 でもいいじゃん。莫迦な意見なんて潰されたって。潰されるべくして潰されるんなら。

*1:そもそもおばさんは意見の強要などしてないわけだが

 おばさんぶろぐ2

  
 おばさんがこんなことを書いていた。

ネット上には言い方が悪いというだけで内容を「棚上げ」して反発する人もいるということを考えると、つまらん人からつまらん因縁をつけられがちだろうなぁ

http://d.hatena.ne.jp/ohnosakiko/20080524/1211612451

 確かにつまらん人は存在する。驚くほどに。
  
 例えば、「あなたの言っていることは正論かもしれないが、言い方が悪く、相手に強要しているから、反発されて素直に聞けない。いくら正しいことを言っていても、相手に伝わるように言わないと意味がない。頭では理解できても気持ちで理解できない。伝わるように相手が聞き入れやすい言い方をしないと」みたいなね。
 「お前の脳の中はお花畑か、ド阿呆」とか、おばさんならたぶん言うでしょう。
 これはつまり「厳しい言い方だと素直に聞けないだろ。わかって欲しかったら優しくおだてながら説明しろよ」という話でしょ。
 どこまで甘えてるんだよ。
 「私は幼稚園児みたいなもんなんだから、お前は保母さんのように優しくしろよ」と言われている感じだと、おばさんは思っていることでしょう。
  
 なにしろ「相手の主張に従うのは言いくるめられているみたいでプライドが許さなくて嫌だから、反論はしてみたいんだけど、頭が悪いから考えられないからとりあえず反発してみました」ということ以外は、何も言っていないに等しいです。
 「実際に相手を説得できないから、その方法論を提示しているんだ」という人もいるでしょうが、それも無意味です。
 何故なら、莫迦の考えることなど、ほとんどは頭の良い人もとっくに考えていますから。
  
 ネットというのは、一対一のコミュニケーションツールのように働いていながら、実際には主観的には一対多のコミュニケーションです。
 メールや電話のようにマンツーマンで対話者だけに話をするのであれば、対話者に理解をさせることが過半を占める重要な目的であり、幼稚園児のような莫迦に理解させるために、保母さんのように忍耐強く教えるかもしれません。
 しかし、マンツーマンのように見えながら、ウェブ上で対話者に説明するのは、その説明する姿を見ている第三者が存在します。
 そのとき、対話者に理解をさせるという目的は、重要な一つに過ぎず、ほとんど唯一で目的の大部分を占めるほどのウェートというわけではないのです。
 まして、金をもらって仕事として説明するわけでもないのに、なんで第一次反抗期のような反発をする餓鬼んちょに忍耐強く優しくやる気を出させながら説明してくれることを、相手が当然してくれることかのように要求するかのように主張するのでしょう。
  
 相手の主張に賛同できないのならば、どう賛同できないのかを説明すればいいのであって、反論する頭がないし、賛同をするのも癪だから言い方にケチをつけるような、身体は大人で頭脳は子供の莫迦に、おだてながら理解してもらっても、得することなど一つもないことは明白です。
 莫迦でありながらプライドだけは肥大化しているような豚をおだてて木に登ってもらっても、おばさんは一つも得しないのです。
 そんなコストパフォーマンスの悪いことなど、頭の良い人がするはずもないでしょ。
 だから、莫迦な豚をおだてて木に登らせる方法論を提示したって、無意味なのです。
  
 おばさんが莫迦との対話を試みるとき、それがメールでない限りは、対話者である莫迦以外の第三者の目も意識しているから、やってられるのである。
 そうでなければやってられんよ。  

 おばさんぶろぐ

  
 おばさんの言葉で「ネガコメ書き捨ての人」というのがあった。
 この件が、小さな話題として取り上げられていた。
  
 まず、相手が見ているかどうかがわからない以上、それで「ネガコメ書き捨ての人」と言えるのか、と問われれば、まぁ「ネガコメ書き捨ての人」でしょうよ。*1
 「旅行や仕事の都合でネットに繋げないのかもしれない」という意見もありましたが、脳溢血や事故で突然死んじゃったのならばともかく、あらかじめわかっている仕事や旅行で返事が出来ないことも織り込み済みなのに、ネガティヴなコメントを残していくのならば、それは立派に「ネガコメ書き捨ての人」です。
 まして他のサイト等に書き込んでいるようならば、充分に「ネガコメ書き捨ての人」でしょう。
 「ネガコメした後で反論がきたかチェックをしてないかもしれない」なんてのは文字通りの「書き捨て」だし。
  
 で、ネガティヴなコメントに対しての反論に「返事は義務ではない」という意見も見ますが、それは当たり前です。
 だって、モラルの問題だから。
 親切にしてもらったからと言って、それこそ、溺れているところを命懸けで命を助けてもらったからと言って「お礼は義務ではない」ぐらいなんですから。
 モラルの問題であり、暴力装置による物理的実力行使もなく、公的な後ろ盾も何もない以上は、それは強制のしようもなく、義務にもできません。
  
 そもそも論として、ネガティヴなコメントをしようとも「返事は義務ではないし、普通であって悪いことではない」と本心から価値判断として思っているなら、「ネガコメ書き捨ての人」と言われても、「うん、書き捨てるね俺」で終わりの話であって、それに反発を感じるのは、口ではどういっても、「返事をして対応する人」と「返事せずに書き捨てる人」との間に、優劣を意識しているからでしょ。
 本当に等価であるならば、その差を感じないはずなんだから。
  
 ネガティヴなことを書くけど、その反撃に対して、責任ある返答を出来ないコンプレックスの塊の可哀想な人たちが、そのセコいプライドを守るための「魔法の言葉」として、「答えなければいけない義務はない」というみみっちい言い訳をしているのではないかと、どうやらおばさんは言いたいみたい。
 おばさんに全面的にではないけれど、部分的には同意できるところがありますね。

*1:おばさんの二日間という猶予はなんぼなんでも早計で短いと思うが、結果的に返事の予定はなかったようだ

 「ネットは議論に向かない」

  
 「ネットは議論に向かない」みたいな意見を見かけることがあるが、それはただ単に、その人が議論に向いてない人なんだろう。
 ネットでは直接的な物理的暴力で屈服させる手続きが面倒臭いというのならば、ある程度は納得できるが、それは電話でも大差はないのであるから、ネットが特別に議論に不向きということはない。*1
 表情や声の機微を見たり感じたりすることが出来ず、文字情報にのっぺらにされるからネットは議論に不向きだという意見もあるが、職業的議論屋さんは雑誌や新聞で議論したりすることが普通にあり、ネットのようにインタラクティヴではなく、月刊誌などは一往復に二ヶ月以上かかったりする不自由の中で議論をしている。
  
 即応性に優れ、データベースと直結しているインターネット環境が、特別に議論に向いていない理由など思いつかない。
 ネットが議論に向かないと思っている人は、ただその人が単に議論に向いていない人なんだと思う。
 逆に、そういう人は、どのツールならば議論に向いているのだろう?
 しがらみや立場や実利に引きずられやすい対面よりも、ネットのほうが議論に向いている面もあるというのに。

*1:殴って言うことを利かせることがまともな議論とも思えないが

 なんぼなんでも可哀想過ぎる

  
 さて、お蔭様で心置きなく容赦なく叩けます宣言みたいなのを書いたのですが、私が叩かなくても、id:tomo-moonさんはしっかりと充分に酷い扱いを受けてますね。自業自得だけど。

2008年02月17日 id:feather_angel 議論をしたいと言う人間の半分くらいは議論をしたいのではなく「俺の話を聞け俺の正しさを認めろ」でtomo-moonさんは過去にそのタイプに散々絡まれたので過敏になっているの。ごめんね

http://b.hatena.ne.jp/entry/http://d.hatena.ne.jp/soulfire/20080216/1203125637

 これって言い換えると、「頭の弱い可哀想な子なんです、許してやってください。謝ってほしいなら私が代わりに謝りますから」ということでしょう。
 普通なら「ちゃんと躾けろや」という話ですが、親でもないわけで、どこまで責任を追う覚悟があるのかわからないんですが、それを受けてid:soulfireさんは

でもフェザーさんのコメントからは、他人を庇える優しさを感じ、私は本当に感動しています。

http://d.hatena.ne.jp/soulfire/20080217/1203231155

 と号泣して感動していらっしゃるようです。
  

[議論と対話]主旨ずれだが、はしごたんさんは「芸」の域なので一緒にして欲しくないなぁ/びーさんの気持ちは分かるんだけど傷つきたくなければ学習するべきだとは思う。でもするかしないか自由だししなくても全然いいよね?

http://b.hatena.ne.jp/feather_angel/20070926#bookmark-5987402

[議論]私の部米論旨は「学習するか否か」に重きをおいている。好きに言えばいいも派生してくるが学習して叩かれなくなるか学習しないで繰り返し叩かれるかの選択を指している

http://b.hatena.ne.jp/feather_angel/20070928#bookmark-6008786

 b_say_soさんには、叩かれたくなかったら学習しろ、とおっしゃっていたfeather_angelさんは、同じく自他共に認めるほど頻繁に叩かれているともさんには「可哀想な子なんです、許してやってください。謝ってほしいなら私が代わりに謝ります」というスタンスであるわけで、びせいそさんは「やれば出来る子」として見ていながら、ともさんは治らない「可哀想な子」として扱っているわけです。
 こんなフォローなんかされても、本人は不本意なんじゃないでしょうか?
  
 id:soulfireさんも、ともさんの悪口を書いておりまして、ともさんもsoulfireさんのことを「電波」とか自爆ブーメランで書いているのでお互い様なのですが、ちょっと言い過ぎな気がします。

川上信者だから言ったんじゃねーよ、このtomomoon。
なんでそれを信者と決めつけるのよ。このtomomoonが。

http://soulfire.jugem.cc/?eid=1436

 いくらなんでもこのtomomoon呼ばわりは可哀想です。soulfireさんは、自分がtomomoon呼ばわりされたらどんな気分がしますか?
 たかが「電波」タグをつけられただけで号泣しそうになるぐらいなのに、他人にはtomomoon呼ばわり。やり返すにしたって、やられる側の心の傷も多少は考慮しましょう。
 仕返しとしては強烈過ぎて、なんぼなんでも哀れです。

 ちゃんと楽しんでます

  
 明らかに特定の人を想起させるのに仄めかすのも品性下劣なのでid:tomo-moonさんを名指ししますが、ともさんの件に関して、あるいは限らず、一方的にうんこや石を投げつけるにもかかわらず、自分が批難や反撃をされそうになると、相手に汚物を撒き散らしながら逃げる人がいます。
 「相手にしません」という態度を示しながらも、棄て台詞の憎まれ口を叩かずにはいられない精神性の幼稚さが丸出しになっており、みっともないことこの上ない卑しいタイプの人です。
 自分の他者に対するネガティヴな言及は「ただの感想」や「独り言」であって、そのリアクションで起きる他者からの反応は聞こえよがしに陰口で罵倒し、さらにそれに反発が来ると「粘着」とのレッテルを貼り、その安っぽい自我を必死に守る。
 貧相な自我を守るのに必死になりすぎちゃって、精神に異常をきたしてしまったのか「読まない」ためのブックーマークをつけちゃって、さらには読まないはずなのに再チェックして追記しちゃったり、さらにはまだ追いかけてその追記を書き換えたりと、通常の神経では有り得ない異常行動をされていたりします。
 恥の概念があるのならば、あるいは客観性の欠片でも存在するならば、「粘着」という言葉がブーメランになるとわかりそうなものですが、無い袖は振られぬのならば仕方ありますまい。
 それだけともさんも粘着しまくりで言及したいにもかかわらず、ともさんは相手と正面から対話をすることはしません。
  
 id:soulfireさんは、「きっとtomo-moonさんは、議論とかしたくないんです」と書いていますが、したくないのは能力的な問題だと思われます。うんこを投げるしか能がないということでしょう。
 自分のほうが正しいといいな〜って気持ちはあるんですが、頭があまり良くないのか、それを筋立てて主張することは出来ず、その結果、対話をすると自分のちんけなプライドを傷つける可能性があるので、必死に汚物を撒き散らして逃げて愚痴るわけです。主張をしたいならそれなりの根拠だってあるのだろうに、と思うのですがね。

相手を貶めるやり方を見ていると、感じてしまいます。
だって、議論したくありません、関わりたくありません、
あなたも関わらないでください、と言うだけなら、
相手を嫌な気持ちにさせるような事をする必要はないからです。

http://d.hatena.ne.jp/soulfire/20080216/1203125637

 ともさんが、相手を嫌な気持ちにさせるような事や貶めるやり方をするのは、性格的な問題が一番大きいのですが、とにかくそのしょぼいプライドを、しかし本人の中で空虚に肥大化してしまった自我を、守るのに必死だからでしょう。
 ともさんの好きな「(ともさんが認定する)真の美しさ」とか「(ともさんが判断する)優れた中身」といった『自分の中だけで通用するランキング』で他者を否定や批判し、相対的に自分の脳内自己評価を引き上げる作業工程を経て自我を守っているのですが、それをつい露呈させてしまっていると考えられます。しかしそんな「真の」や「本当の」には、根拠となる後ろ盾など無い架空のものですから、提示できるものは何も無く、ただただ嫌な思いをさせるぐらいしかないわけです。
  
 で、私は、自分はネガティヴな言及をすぐするくせに、自分が反撃を受けると汚物を撒き散らして逃げる莫迦というのは好きではありません。まぁ、好きな人は少ないでしょうが。
 たとえば、真面目な人の場合だと、ネガティヴな言及をしてきた相手がともさんのように中傷や揶揄しか言えない相手であると、そこには消耗しかしないわけです。
 酷い誹謗中傷を受けて、それに対して反論をしたところで、中傷や揶揄しか言えない相手は中傷や揶揄しか言えないわけですから、最初から相手には小学生のような棄て台詞を返すぐらいしか能力が無いわけです。
 酷い誹謗中傷に対して、中傷や揶揄や戯言や棄て台詞しか返ってこないのであれば、真面目で心弱い人はただただ消耗します。
 それはネットでは恥痴らずが最強だからです。その意味で、ともさんはとても強いので、自信を持ってもいいですよ。
 ともあれ、「他人に嫌な気分はさせますが、自分の言葉に責任は持ちませんよ」という、ある意味でとても「強い」ともさんのような人にはどう対処したらよいか。まぁ、基本は頭のおかしい人に絡まれたときと同じ対応にするのが基本でしょうけど。
  
 私に対して、一方が議論(対話)をするつもりがないのに、もう一方が議論を試みようとしていても、不毛であるからやめたらどうか(大意)、という助言がある。
 そもそも論として、対話の意図も無いのに、他者を批難や誹謗するというのは、どういうことなのだろうか。
 それは基本的には罵倒であったり、喧嘩を売っていると考えられる。しかし喧嘩を買ったら池乃めだかのような棄て台詞を吐く。正面から喧嘩をしたいわけではないようだ。喧嘩なら、どっちも殴られる可能性があるからね。
 ならば、ともさんは一方的に罵って貶めたいという欲望だけでやっているのだろうか?
 私は、ただ人を罵って貶めたいとすることこそ、不毛であるからやめたらどうかと誰か言わないのかと思うのだが、どうもともさんにそのような助言はされていないようだ。
  
 議論や対話をしようとしない相手とは、話し合いが出来ない以上、不毛であるからやめたらどうか、というのは、実は最初の設定から間違っている。
 私は別に、ともさんに議論に応じろとは既に言っていない。蛇にパンツを穿けとか空を飛べといっても無駄であることは知っている。
 私の目的というのは、他人に嫌な思いをさせながら、自分が反撃されることの責任や覚悟を放棄している卑怯者に、嫌な思いをさせるということが目的である。それは「やり得」や「やり逃げ」という状況を好まないからだ。
 それは面白いのかと問われれば、おそらく、ともさんが他者を傷付けることを書き逃げして楽しいのと同じぐらいには、あるいはそれ以上に楽しい。相手が卑劣であれば卑劣であるほど、罪悪感を感じなくて済むからなお楽しい。
 ただ、ともさんが対話を試みるならば私はそれに応じるし、ともさんが他者を傷付ける行為を反省してしなくなるのならば、私も罪悪感を覚えて楽しくなくなるだろうからやめるだろうと思うけど。
  
 私がともさんを叩くことに胃が痛くなると感じる人は、どうしてともさんが誰かを傷つけるときに一言注意をしておかないんだろう。
 そうすればともさんだって、私に嫌な思いをさせられなくてもすむというのに。そして、ともさんに嫌な思いをさせられる人も、嫌な思いをしなくてすむというのに。