童貞をこじらせるとここまで逝ってしまうのか

  
 非モテ童貞を舐めてました。すいませんでした。
 私は自分が童貞道を邁進する童貞であるため、童貞についてはある程度の理解をできているつもりでいました。しかし、世の中って奥が深いですね。
  
 「童貞」というのは、語義的には間違いなく「性行為経験のない男子」を指すのが一般的です。これが「素人童貞」になりますと「金銭を解する以外の性行為の経験がない男子」を指します。
 「性交なんてやってしまえば大したことじゃない」なんてよく言います。 そんなことはやってみたからわかることであって、やらない者にはどれぐらい「大したことじゃない」のかがわからない。いくら「大したことはない」と言われても、わからないわけですよ。その差はしっかり「大したこと」です。
 でも、やってみた人の意見として「行為自体は大したことはない」ということで、そういうことを言う人の裏の意味としては「性行為に至るまでの道程が大変なんだ」という意味のようです。
 これはつまり、「童貞」と「素人童貞」の違いは肉体的な経験の差であり、「素人童貞」と「非童貞」の違いは過程的な経験の差、と言えましょう。過程的な差とは、性行為に至るまでに金銭以外の、つまりは「口説く」ことに成功するコミュニケーション能力の差、ということになります。
 破瓜のある女性とは異なり、性行為自体で何らかの肉体変化を伴わない男子の場合、金で買える行為自体の経験以上に、口説くコミュニケーション能力の方が、精神的な優劣関係では重要視されます。極端なケースでは「非童貞>童貞>素人童貞」のようなヒエラルキーさえ成り立つ場合があります。
  
 コミュニケーション能力というのが重要視されると、新たな視点が開けます。
 たまたま運良くセックスの対象を捕まえたけれども、コミュニケーション能力としては極端に劣っているというタイプの人間です。最初の偶然得られた対象を失ったら、もう二度とありつけないであろう「非童貞」です。
 状態としては偶然に「非童貞」になったけれども、コミュニケーション能力が崩壊している、そんな男子のことを我々専門家の間では「心的童貞」と呼んでいます。
 みうらじゅん伊集院光などが大切にする「美しき童貞の心」ともいうべきものがあります。一番好きな娘ではオナニーはしない、などのマイルールを持つ心です。そういった心を持つ童貞、いわゆる「DT」ですが、これも「心的童貞」と誤解されそうですが、異なります。「DT」はいわば「魂の童貞」とでも呼ぶべきであって、ここでいう「心的童貞」とは違います。
 「心的童貞」とは、非モテ童貞の性根がしっかり染み込んでしまった「非童貞」のことを指します。この「心的童貞」というのが、これ、一番タチが悪い。
  
 昨日、私が涙ながらに訴えた、童貞をこじらせてしまった人がどのような恋愛をするのかという話ですが、これはこの「心的童貞」の症例を参考にしています。被験者は通称「スマイリーキン骨」と呼ばれる重度の「心的童貞」です。
 交際まで持ち込んだ段階で満足し、早速「俺は古風だから」という名言を発しました。相手の女性は「不器用だけど頑張っている姿に惹かれた」と言っていたんですが、不幸なことに彼にとっては、その彼女が「頑張っている姿に惹かれた」瞬間こそが恋愛において「もう頑張らなくていい」ゴールだったのです。本当は今からスタートなのに。
 真摯な頑張りに真心を感じたのに、彼は頑張りから解放されたと勘違いして、コミュニケーションの努力を放棄します。間もなくコミュニケーションを成立させることが困難になります。
 「会話したりするの、苦手だから、どうせ努力したって上手くいかないし面倒臭いし無駄だから、だったらやらないほうがいい」
 早々と諦めちゃってます。というか、終わってます。人として終わっちゃってます。
 普段から、会っても話題もなく、興味のないテレビ眺めて笑って、テレビが終わったら間が持たなくなり、微妙な空気が流れていたたまれなくなって帰っていく。
 こんな交際が続くある日、彼女が階段から落ちて骨折し、入院することになりました。携帯メールでその旨を報告すると、夜になって携帯にメールが届きました。彼女はすぐに折り返し電話をしました。
 「骨折しちゃった」 「電話はかけられるの?」 「うん、こっちからなら大丈夫」 「そう、ならいい」 「……」
 彼女の骨折の心配よりも、自分が話をしたいときに、電話をかけられるかどうかの方が重要となっているのです。
 そして彼女が退院した直後、例の晴れ着写真事件が起きました。
  「ねぇねぇ、お正月に晴れ着を着た写真だよ」 「ふーん」 「ちゃんと見てよ?」 「うん、見たよ」 「……」
 これは彼女もさすがに堪えたようで、周囲の友達などに相談し、全会一致で「別れろ」と言われることになります。何しろ相談が「どうやら私を喜ばせたいというのがなくて、ただ自分の居心地の良さが大事なんだと思う」というものでした。シュールです。誰だって「別れろ」以外のコメントのしようもありません。
 彼が勝手にゴールだと思い込んでいるスタート地点までは、彼は全力でたどり着いたわけです。そこまでの努力は下手なりにできていたわけですから、不可能というわけではない。がしかし、甘えてやらないわけですよ。つまりは相手の女性を舐めてるわけです。手に入れたと認識した時点で安く見ている。非モテ童貞のクセに。飛んだ思い上がりです。童貞なのに何様のつもりなんだ。
  
 周囲の「別れるしかないよね」という総意に反発し、もう一度チャンスをあげたいと彼女は思います。まぁ、童貞に引っかかるぐらいですからこっちもどうかしちゃっているわけですよ。しかも巨乳でセクシーなプリティレディーだからこっちも余計に腹が立つわけです。まったく。
 彼女は私の昨日のウェブログを読んだあと、自分の思いを彼に伝えることにしました。
 「私はあなたを喜ばせてあげたいと思う。どうしたら喜ぶかを考えて、喜ぶだろうと考えることをやってあげたいと思う。能動的にそうしないと自分だけが楽しんでいるんじゃないかと不安になるから、喜んで欲しいと思ってる。スマイリーキン骨さんは私に対して、喜ばせたいとか思ったりする?」
 「………うーん……、意識的に思ったことはないね……」
 「あ、え、あ、そうなんですか。ないですか」
 「うーん、…うーん、…うーん、…男はやっぱりマメさなのかね?」
 「いや、そういう問題じゃなく……」
 「…うーん、…うーん……、…やっぱり女ってそうなのかな?」
 「いや……、えっと……」
 シュールすぎます。もはや童貞の私をもってしても理解できません。違う星にいます。違う生き物です。
 以下、面倒臭いので「…うーん」は省いてお送りします。
 「会話だって、ないじゃんね」
 「でも、だって、話をするようなことなんて無いしさ……」
 「その日あったこととか何でもいいじゃん」
 「そんな毎日さ劇的な事件なんて起こるわけでもないから……」
 ねえさん、事件です。このシュールな会話こそが、話題にしたくなるような事件です。
 会話って劇的な事件でも起きない限り発生しないんですか? わからない。なんなんだこれ? 同じ童貞として一括りにして欲しくない。
 「でも、好意を示して、私を不安にさせないように配慮して欲しい」
 「それは約束できない」
 「えっ?」
 わけがわかりません。どういうことなのか? 彼女は自分の方が別れを切り出されているのではないかと混乱します。
 「な、なんで?」
 「僕が何かをしたとして、それが君の意図に沿うものでなかったら、余計に不満を募らせるだけかもしれないじゃないか」
 ウェーハッハッハ
 「例えば『好きだ』って言ってくれるだけでもいいんだから」
 「約束できない」
 意味がわかりません。
 「それはなんで?」
 「だって男同士の友達で、毎日顔をあわせるたびに『君に友好の情を抱いてるよ』なんて言わないだろ。言ってたらおかしいよ」
 彼女も混乱から錯乱に近くなります。
 「でも私が不安だからして欲しいと思ってるんだよ」
 「約束できない」
 「週に一回は最低でも言って欲しい」
 「それは約束できない」
 このあたりから彼女のほうも脳味噌が共鳴して狂いだし始めます。
 「だったら月に一回でいいから言って欲しい」
 「約束はできない」
 「私はどうしても言って欲しいし、必要なの」
 「…うーん、じゃあ、約束はできないけど、前向きに善処します」
 こ、国会答弁? 「善処します」って、国会用語で「やりません」という意味なんですけど?
 しかし彼女も彼のシュールなコミュニケーションに干渉を受けて故障していますので、私に誇らしげにこう言いました。
 「月に一回で『善処します』って言葉を勝ち取ったよ」
 あのー、それって何に勝利したのですか? それを獲得することに何らかの意味があるのでしょうか? 何がどうなってこうなっちゃったの? 
  
 ここまでくると、いくら童貞に理解がある私でも、全く理解不可能です。どうやって社会生活を送られているのかすら想像もできません。童貞をこじらせるとこんなところまで逝ってしまうのでしょうか? 会話のフォーマットが普通じゃなさ過ぎるんですけど。非モテ童貞はここまで進化だか退化だかわかんないような変種を生み出しているのでしょうか? 童貞は奥が深すぎます。
  
 私と会話をしていくうちに彼女も徐々に平静さを取り戻し、そこから私と、その彼の言っていることを翻訳する作業を始めることにしました。
  
 長くなっちゃいましたね。ここでいったん上げて、明日に続きます。