涙曹操

  
 今週沖縄へ帰る。今月二度目の沖縄だ。今回は沖縄市に行く。
 沖縄市の観光ウェブページを見ると、涙そうそうのロケ地マップというのがあった。
 それで、今週、沖縄市に行く前に見ておこうと借りて来て観た。
  
 私は妻夫木聡長澤まさみも、特に好きでもなければ嫌いでもない。沖縄は好きだ。
  
 観始めたのだが、どうも舞台は沖縄市ではなくて那覇市のようだ。そんなことはどうでもいい。
 ネタバレするけれども、私にはどうしても楽しめなかった。主人公である妻夫木への不快感だけが溜まっていくのだが、どうもそれが製作者の意図ではないっぽい。
  
 妻夫木は、頭は悪いけど、妹思いの優しくて人の良いお兄ちゃんで、血の繋がっていない妹のために必死に頑張っているという設定のようだ。
 真面目にこつこつと働いてお店を持ち、働きながら妹を良い大学に行かせようとするのだが、人の良さから騙されて借金を二百万ぐらい背負うことになる。
 交際していた医学生がそのことを父親に話すと、医師である父親は、借金を肩代わりする替わりに、娘と別れるように言う。
 妻夫木は交際相手の父親を追い返すと、そのまま交際相手の医大生とも別れる。
 借金返済のために夜遅くまで働く妻夫木を見て、妹の長澤は受験生なのにアルバイトをするのだが、それを知った妻夫木は「せっかく俺がお前の受験のために頑張ってるのになにしとんのや」と怒る。
 まぁでも長澤は志望校に合格し、兄を自分から解放するとして、涙の独立を果たして、一人住まいを始める。
 一年半以上過ぎて、沖縄に台風が来たときに、長澤が住んでいる家が壊れる。そこに妻夫木が妹を助けに参上する。
 雨に打たれて助けに来た妻夫木は、その勢いのまま、肺炎かなんかで死んでしまう。今までの無理がたたっていたのだとか。
 そして葬式をして、日常生活に戻った頃に、兄から成人式用の振袖が届き、手紙が添えられていて、長澤が泣く。
 というお話。
  
 私がこの話を楽しめなかったのは、おそらく最初の段階に原因がある。
 妻夫木は、真面目で人が良いのだが苦労しているという設定のため、なのだろう。詐欺に遭い、借金をした上に、商工ローンとは名ばかりの街金だか闇金だかに数百万円を借りる。
 これがいろんな問題の原因となっていて、医大生の彼女と別れる要因となったり、妹のアルバイトの理由になったり、とにかく妻夫木が詐欺に遭ったことが問題の発端であったり、表面化させたりしている。
  
 妻夫木は、自らの詐欺に遭った失敗は強がって「なんくるないさぁ〜」と言いながら、その借金の心配をした彼女に対し、その父親が勝手なことをしたからといって、妻夫木に慟哭しながら謝って泣き崩れているのに、妻夫木は、その彼女を部屋に入れることもせず、話を全く聞こうともせず、会いもしないという鬼畜振りを見せる。
 結果的に、妻夫木はこの医大生を振るのだが、そこで「僕と君とでは住む世界が違うってずっと思ってたんでしょ?」みたいな捨て台詞を残す。しかも振る側から。
 ところが妻夫木は医大生に「あんた、自分が被害者面してるけど、妹がきてから私をほったらかしじゃん(大意)」と、体良く捨てたかっただけなんじゃないのと突っ込まれて二の句をつげず。
 医者をやっている父親の振る舞いに、娘の医大生は全く悪くないし、さらには、自分が騙されるという失態を見せなければ、彼女に心配をかけることなどなかったのに、自分は被害者面で女を振るという、どうにも優しい人には思えない。
  
 妹のバイトも、おそらくかなりの利息がつく借金を心配してのことであり、その借金は、妻夫木が莫迦で騙されたという、自分が原因であると認識していたのなら「俺はお前のために頑張っているのに」などという怒り方はしなかっただろう。
 「いやね、俺が騙されたためにお前に心配かけてごめんな。でもね、その気持ちは有難いんだが、お前は受験生なんだし、とりあえず、まずはそっちを優先してくれ。もし協力してくれるなら、合格してから考えてくれればいいから、それまでは俺が何とか頑張るから、お前は受験を頑張ってくれ」みたいなね、なんか言い方はあるはず。
 「俺はみんなのために頑張ってます。人が良いから騙されて周りにも迷惑かけてるけど、真面目に頑張ってるんです。だからみんな、俺の思惑通りに動いてくださいね」という、極めて独りよがりな主人公に見えて、全く感情移入ができない。
 自分の失態を棚に上げて、まわりの親切に逆切れしている男に、どう感情移入したらいいのか?
 お前は重大なところで騙されて莫迦だったんだから、とりあえず莫迦を認識して大人しくしていろ。と思ってしまう。
 製作者は、このように思わせて、そしてこいつをあっけなく殺すことによってカタルシスを与えたいのかといえば、そういうわけでもないようだ。
  
 まぁ、しかし、そういう身勝手で独りよがりなDQNはたくさん存在するわけで、そういうストーリーはあっても良いとは思うのだが、だがしかし。
 それなりに分別盛りの大人が周囲にいて、しかも開業医と思わしき医師や、あるいは自分の店舗を持っている人、あるいは被害を聞いたはずの警察官が、どうして自己破産を勧めないのか?
 それが全くわからない。
 どうみたところで妻夫木に相続資産はなさそうだ。取得不動産もない。自己破産をしない理由がないのだ。
  
 友人や知人から借りた借金で、人間関係上、自己破産免責で踏み倒せないというのなら理解できるが、それも「商工ローンとは名ばかりの街金」から借りている。担保確認を怠った街金が泣きを見るだけの話だ。
 しかも、警察も確認している詐欺事件の被害者であって、借金の理由もギャンブルや過度の浪費によるものではない。勤労意欲とこれからの生活費収入はあると思われ、自己破産が成立しないとは思えない。
 妻夫木が、普通に自己破産さえすれば、いろんな問題は未然に防ぐことはできたのに、何故、妻夫木は自己破産しないのか?
 自己破産してしまうと、ストーリーが展開していかないという制作上の理由しか考えられない。
  
 そうなるともう、どうしてもストーリーに入り込むことができず、妻夫木の莫迦さの駄目さだけが際立って気になってしまう。
 ただ、君を愛してるの場合、私としては、ストーリーの御都合主義な部分を宮崎あおいの可愛さで気を紛らせて乗り越えられたが、涙そうそうは、御都合主義が酷くて、また長澤まさみの可愛さも個人的にはそれほど感じないので、どうにも駄目だった。
  
 同じ沖縄本島内での、一時間もかからないいつでも会える一人暮らしなだけなのに、あれだけ泣いて別離をしておきながら、一年半、手紙を書くこともなく、しかも携帯で連絡を取り合ったり会ったりもしていなさそうな兄妹に、兄妹愛と言われても、どうも空振りしているように感じる。
 『ただ、君を愛してる』は、泣かせたい感動させるべく作っている場所がわかるし、そこで泣くのもわかるんだけれども、『涙そうそう』では、ここで泣かせたいっぽい作りだとはわかるんだけど、どうしてここで泣けるのかがわからない。
 良い人と言われて思い上がって独りよがりになっている莫迦が、周りに迷惑をかけて、自己犠牲の満足に浸りながら死んでしまった話という認識で泣くのは難しい。
  
 ただ、最後の最後の台詞は、またも製作者の意図とは違うところだったと思われるけど、ちょっと面白かった。
 兄・「知らんのか? 兄妹は結婚できないんだぜ」
 妹・「なんで?」
 兄・「わからん」
 妹・「なんで?」
 兄・「わからん!」
 クロード・レヴィストロースに聞いてみ。結局は「わからん!」けどな。