頑張れ! 広島東洋カプー
私の父親は、知り合い数人と野球の年間チケットを共同購入している。
孫へのプレゼントとして、みんなに配っているのだが、行く予定だった甥っ子が急遽都合が悪くなりチケットが余ってしまった。
父親から「お前、行かないか」と誘われた。「誰と?」 「かーさんと」
何故か私は、母親と野球を見に行くことになった。
席は先週と同じく外野スタンド。ライト側だ。
お袋は野球をあまりよく知らない。
私も知らない。しかも今日は広島戦だ。
広島なんて、黒田と前田以外はネームバリューもないし、監督がベースを投げるパフォーマンスぐらいしか見所を知らない。
基本的に、阪神に選手を供給するために存在している金のない球団というイメージしかないわけです。
黒田が先発でなければ、前田ぐらいしか興味の対象がない。
やはり先週の阪神戦とは入りが違うね。
試合開始十分前に球場に着くと、オーロラビジョンに先発メンバーが表示されていた。
広島先発は黒田。おー、ラッキーだねぇ。中日の先発は先週と同じく山本昌で、捕手も先週と同じく、元巨人キャッチャーの小田。
野球をよく知らないお袋に、広島戦としては、なかなか良い日に来たよ、という説明をする。
試合が始まり、広島の攻撃が始まる。中日の選手が守備位置につく。
ライトを守る福留が外野ライト側スタンドの私たちの前に来た。さっそくお袋から訊かれた。
「あの中日の背番号1は誰なの?」
「あー、あれが徳光だよ」
背中には「FUKUDOME」と書いてある。まぁ、福留も徳光も似たようなものだ。ニューヨークに行きたいかー!
広島の先頭打者に「梵」と表示された。またお袋から訊かれた。
「あれなんて読むの?」
「あー、あれは『サンスクリット』と読むんだよ」
「なに人なの?」
「普通にインド人じゃない?」
「インド人って漢字の名前じゃないでしょ?」
「あれは当て字なんだよ。本当の名前は『ブラフ』という発音で、それにあーゆー当て字をしたの」
「さっきあんた違う名前を言ってたじゃない」
「さっき言ったのはアダナで、本名は『ブラフマン』というんだけど、当て字だよ」
こう説明しているのにかぶせるようにウグイス嬢がアナウンスをする。
「一番 ショート そよぎ」
同点で迎えた七回裏リンダの「狙い撃ち」で盛り上がる中、私たちは居た堪れない中、中日五番の李炳圭がタイムリーツーベースヒットを打った。
外野席では阿呆のような盛り上がり。その中でお袋に訊かれました。
「今ヒット打ったのは『リー』さん?」
「あー、あれはね『チョ・スンヒ』選手だよ」
「え? 『チョ』は違う字でしょ」
「あー、チョ・スンヒは巨人の四番だ。こいつは『キ・ボンヌ』だ」
次の回、センターの守備につく李炳圭に「イ・ビョン・ギュ」のコールがかかるが、「キ・ボン・ヌ」に聞こえてくるから問題ない。
延長に入り十一回の裏、中日の代打に新井が出てきました。
「あ、新井だ!」という私の言葉にお袋が反応しました。
「なに? 有名な選手なの?」
「いや、これ、広島の四番打者なのよ。でも、中日の選手が足りなくなっちゃったから、広島の四番バッターを借りてきたの。だから背番号は25で、広島でつけてる番号と一緒なんだよ」
「うそ? 今三塁を守ってるの、広島の25番じゃないの?」
バレた。ライト側からぢゃ見えにくいと思ったのに。
「あれは中日にいる弟のほうが代わりに守備についたの」
「はいはい、今打ってるバッターが弟で、三塁守ってるのがお兄さん? 本当に兄弟なの?」
「本当に兄弟だよ」
「なんだ、兄弟というのも嘘なのね」
いや、兄弟だってば。
兄弟揃って四番に名前がある瞬間。
まぁ、広島のピッチャーは黒田だったし、延長戦も最後まで見られて、立浪も谷繁も出て、ブラウン監督のベース投げはみられなかったけど、リンダの狙い撃ちも相当に堪能できて、かなりアタリな日に行ったようです。
あー、応援していた広島が負けちゃったのだけが残念です。頑張れ! 広島東洋カプー!
帰りの電車で、私とお袋の前に、広島のユニホームとメガホンを持った男性が、本当に精も根も尽き果てたような溜め息をつきながら立っていました。
お袋に「あの人にさ『延長十二回にエラーでさよなら負けをしたのを見るのって、ねぇ、どんな気分? ねぇ、どんな気分? 三試合連続さよなら負けってどんな気分?』と訊きたくなるね」という話をしました。