美術品名 「あっいてっ」

  
 たまには日記らしい話を。
 美術館をはしごしてきました。
 どちらの特別展もエキセントリックで面白かったのですが、いろいろ土産品を買ってしまって思わぬ出費に泣いたのですが、ちょっと違う話。
  
 虎の毛並みまでを細い筆で一本一本微細に書き込むという常軌を逸した筆遣いをつぶさに観察するため、私は柵の手すりから身を乗り出して掛け軸に顔を近づけました。
 そのあまりにも細かい毛並みを見入っていると、甘い香りが私の鼻腔をくすぐりました。
 なんだろうと隣を見ると、私の顔の至近距離で、女性が私と同じように手すりから身体を乗り出して、細かい虎の毛並みに見入っていました。
  
 もうね、綺麗なんですよ。あんた、この美術館に飾ってもらえよ。
 派手なんです。派手なんですよ。派手なんですけどね。あまり派手なのは好きじゃないんですよ。
 世界のミフネみたいな顔なんです。三船美佳。ロードの幼な妻。
 髪は黒髪で、アンダーバストぐらいまでの長さ。肩口ぐらいまでは比較的ストレートで、肩口からはけっこうカールしていて、イメージとしてはアフガンハウンドドッグ。虎ブリューじゃなくて。
 私はとりあえず動揺を隠すためにまた虎の毛並みに集中したわけですが、横目にチラチラ映るアフガンハウンドの毛並みが気になるわけです。
 鼻筋が通っていてイタリア系の顔立ち。白を基調に赤と黄と緑の小さな花柄のワンピース。
 しばらくすると金色のピン状態のハイヒールで、美術館の中をカツカツと歩いていました。
  
 充分に虎の毛並みを堪能して、他の美術品を見て歩いていると、わりと大き目の掛け軸がありました。
 みなさん全体像を見るために、一歩引いた位置から見ているのですが、ひとりだけ、大きな風車に挑むドン・キホーテ・デ・ラ・ホーヤのように前のめりになって乗り出して見入ってました。ゴールデンボーイ
 鑑賞方法は自由ですし、入場料を払っているので勝手なのですが、一歩引いて全体を把握したい人にとっては、空気を読めと言いたくなる状況です。
 が、美女がおけつを突き出しているわけですから、なんの問題もありません。斜め後ろから見ても綺麗だなぁ。なんか凄く隙がない顔だ。
 こんなに乗り出して細部を見て、美大生かな?
  
 私は、今回の特別展のメイン級作品筆頭とも言える超大作の前に立った。
 そのモザイク画の屏風はエキセントリックでサイケデリックな偏執的なまでに緻密に描き込まれている。まさか本物をこの目で拝める日がこようとは!
 私はそのアバンギャルドな、アンディ・ウォーホル顔負けのポップアートな虎や豹に、まるで魂を削がれるかのように魅入っていると、アフガンハウンドからシャボンの香りがしてくる。
 ドゥルシネーア・デル・トボーソは私の横にぴたりとつけた。
 横を見ると、やっぱり綺麗だ。ただ、こういう派手系な綺麗さは好きだが苦手だ。もうちょっと隙があって、安心できる顔が良い。綺麗なのよりも可愛いのが好みだ。綺麗過ぎるのは怖気づいてしまう。
 せっかく芸術の悪魔に魅入られていたのになぁ、と思った瞬間だ。
 その美しき女性は、またも細部を見ようとして身を乗り出して、ショーケースのはめ込みガラスにオデコをコツンとぶつけた。そこのブースは作品の前がガラス板で仕切られていたのだ。
 「あっいてっ」
 その綺麗な女性は、指先でぶつけたオデコをさすっている。
  
 いかーん。
 それは反則だろー!
 超可愛かった。
 萌えるしかない。惚れるしかない。
  
 とにかくもう思い出すたびに腰が砕けて、美術鑑賞モードに戻るまでに十五分はかかった。