謙遜は災いの元

  
 私の兄は大学の准教授をやっている。大学と言っても泡沫の四流私大で、本来ならば大学と呼べるような代物ではないが、肩書きは大学の准教授だ。
  
 先日、兄が来てお袋に言った。
「このあいだ電車でトリスのお母さんが一緒だったよ」
 トリスとは私の中学校時代の同級生だ。話を聞いてみると以下のようなことだった。
 電車に乗っていると、トリスのお母さんが兄貴に気がついて話しかけてきた。トリスのお母さんの横には、トリスの弟が付き添うように立っていた。兄貴はトリスがどうしているかを聞くと、高校卒業後どっかの工場で働いているらしいとのこと。
 今度はトリスのお母さんが兄貴に今どうしているかを聞いたそうだ。
「今は大学で教えています」
「ほう。どちらの大学ですか?」
「いや、しょーもない大学ですよ」
「でも先生なんでしょ? 立派になられて」
「頭の悪い大学ですからねぇ」
「でも教授でいらっしゃるんでしょう?」
「まだ准教授ですよ。昔の助教授です」
「それでも立派ですよねぇ」
「大学とは言えないような大学ですから」
「どちらの大学なんですか?」
「え? ○○学院大学なんですけど、ご存じないでしょう?」
「えっ? あ、あぁ、知ってますよ」
 トリスのお母さんとトリスの弟は顔を見合わせて困った顔をしていたらしい。
  
 兄貴は「なんか二人とも知らなかったみたいでバツが悪かったよ」と私とお袋に言った。
 お袋は兄貴に言った。
「そりゃ知ってるよ。トリスの弟は○○学院大学の学生だもん」