悪夢のような思い出

  
 そう、あれはまだ私が神様を信じなかった頃、物心がつく前だったから、たしか十八歳の時の話です。
 私は男子校を卒業したばかりで、異性を意識しすぎるあまり、遠ざけようとしていました。無茶苦茶異性に興味があるにもかかわらず、慣れてないから交流が面倒臭いんです。
 面倒臭いから遠ざけようとしているにもかかわらず、何を好んでか話しかけに来る女性とかも居るわけですよ。で、わざわざ嫌われるような失礼なことを言って、交流を切ろうとするわけです。
 好意を持ってくれた女性のうち、だいたいがもう五月のうちには私と仲良くしたいとかは思わなくなるんですよ。しかしまぁ、頑張り屋さんもいるもので、酷いことを言っても頑張ったりする。
  
 最も頑張り屋さんは月に一度か二度は誘ってきて、玉砕していく。
 「美味しいレストランがあるんですけど、明日、食事に行きませんか?」
 「えー、俺はいいよー、面倒臭いし」
 「今度の週末、映画を見に行きませんか?」
 「映画とか観ない人だから」
 「明日もし予定が空いてたら、ボーリング行きませんか?」
 「あー、明日は読みたい本があるんだよね」
 我が事ながら完全に気が狂ってますね。死ねばいいのに。生まれてきてごめんなさい。
  
 その頑張り屋さんの女の子は、非常に社交的な女の子で、同性の友達も多いし、異性に関しても、私の周りの男どもとも仲良かったりして、いろんな人たちが搦め手で私に交際を勧めてきて、それもまた鬱陶しくて余計に拒んだりしてましたね。
 結局、私はその子に、誘われ続けながらも一度もデートすることないまま、十ヶ月が経ちました。
 私が学校の構内を歩いていると、その女の子が可愛くラッピングした箱を持って追っかけてきました。ヴァレンタインデーだったので、おそらくチョコレートだったのでしょう。
 「バレンタインだから……」
 「えー、そんなのいいよ。別に」
 「ひ、ひっどーい」
 その子は、リボンのついた箱を落とすと、泣きながら走っていきました。
 私は独り取り残され、なんでこんな目に遭わにゃならんのかと、憤慨しながら帰りました。
  
 もうね、批難囂々。
 男どもからは人非人呼ばわりされ、人間の心がないのかだの散々罵られ、翌日の学校では、これまで会話したこともない女性からまで「最低」とか怒られて、なんでそんなことを言われにゃならんのか、と。
 そして翌日以降も批難の雨霰は止むこともなく。
 「で、その貰ったプレゼントはどうしたの?」
 「いや、貰ってないよ」
 「だってバレンタインプレゼント持ってきたんでしょ?」
 「持ってきたけど受け取ってない」
 「落としたプレゼント拾わなかったの?」
 「え? なんで俺が拾うの?」
 「ほんと、死ねよ」
 「なんでだよ」
 「手紙とかついてたら、他の人に読まれて可哀想だろ」
 「手紙がついてるかどうかだって見てないからわかんねーよ」
 「とりあえずさ、反省しろ、な」
 批難の嵐はさらに酷くなりまして、なんか私一人が悪者みたいに言われました。いきなり全世界を敵に回した気分です。世の中どんな罠が隠されているかわからないなぁ、とか思っていました。
  
 あのですね、すっきりはっきりばっさりと、期待を持たせることなく断ることが、優しさだと思い込んでいたわけですよ。
 自分がやられたとしたら、勝手に惚れてるんだから好きにさせといてくれ、と思うんですが、当時、惚れられることを鬱陶しがりながらも、それを「切ることが親切」などと自己正当化していたわけです。
 優しく振るというのは、非常に難しい技でして、童貞の私には荷が勝ち過ぎているわけですよ。まぁ、それ以前のデリカシーの問題ですが。
 期待を持たせるのもどうかと思いますが、期待を持てなくするのももっと可哀想な話でして、これから私を振るかもしれないアナタ。そうアナタです。「私か?」と思ってるアナタ。バリバリ期待を持たせたままにしておいてください。ずっと夢を見ていますから。