恥ずかしいことを言ってごらん

  
 あなたが今まで一番恥ずかしかったことはなんですか?
  
 恥ずかしいというのは、自分があるべきと思う理想像の自分と、現実の自分との差が、恥ずかしさを生むといいます。
 私のような照れ屋さんは、ウェブログを書いて数人に読まれるだけで恥ずかしくて赤面してしまうぐらいなので、人前で話をするなど緊張のあまりうんこが漏れそうです。人前でうんこを漏らす想像をしただけで、恥ずかしくてうんこを漏らしそうです。
 こんなのも、見せたい自分と、実際に見られる自分との差から、羞恥心が生まれるのだそうですね。
  
 今日、私は歯医者に行きまして、その歯医者を出て、帰るために右に折れたところで、後ろから大きな声が聞こえてきました。
 「おーい、竹内!」
 でっけー声で叫んでんじゃねーよ。DQNが。自転車に乗ったスーツを着たDQNが、私がいる駅のほうに向かって叫んでいます。
 私はそのDQNに一瞥をくれると、南に向かって歩き出しました。
 「おーい、竹内!」
 莫迦はまだ叫んでいます。人通りの多い駅前で、友達でも呼んでいるのでしょう。他人の迷惑も考えずに。
 別に私に何か特別な被害があるわけではありませんが、無性に鬱陶しくて不快です。
 私は振り返るのも不愉快だったので、そのまま歩いたのですが、いつまでもスーツのDQNは叫んでいました。
  
 私が線路を渡って、駅の南側を歩いていると、さっきのDQNが自転車を必死にこいで私を追い抜き、追い抜きざまに急停車して、明らかに私に向かってこう言いました。
 「おい、竹内って」
 私は思わず、石原慎太郎ペースのまばたきで呆然と見返してしまいました。
 おそらく私は竹内ではありません。たぶん彼も私を竹内ではないと認識したようです。結果、どうやら私は竹内ではないようです。
 彼はやおら私のはるか後方に向かい、もう一度大きく手を振って「おーい、竹内」と叫ぶと、自転車を全速力でこいで走り去って行きました。
 彼が手を振り、走って行った先は、元々さっきまで彼自身がいた場所です。
  
 彼は相当に恥ずかしかったと思いますが、何にも悪くない私まで巻き込まれて恥ずかしかったですよ。
  
 私の場合は、生まれてきてはずかしい、とか、生きていて恥ずかしい、とか以外の恥ずかしいというのは、なんだろう?
  
 自転車の彼と同じような恥ずかしい思いをしたことは、二度ほどある。
 一度は男子高校時代、電車に乗っていたときに、通路を挟んで私の向かい合わせの席に中学校の同級生がいた。浅井君というのだけれども、彼は腕を組みうつむいて寝ていたために私に気が付かなかった。
 私は、浅井君が目を覚ましたら話しかけようと待っていたのだけれども彼は起きず、私と浅井君が降りるべき駅まで来てしまった。浅井君は駅についても起きなかったので、乗り過ごすのも可哀想だと思った私は、降り際に浅井君の頭を軽くノックするように裏拳で小突いてやった。
 驚いて飛び起きた浅井君は、浅井君ではなかった。
 非常に似ていたが違った。
 微妙に浅井君ではなかった。多少の誤差程度の違いではあったが、浅井君そのものではなかった。
 浅井君の偽者が怒り心頭に立ち上がったが、幸運なことに、電車の扉が私とニセ浅井君を隔て、電車が発車すると凄い形相をした浅井君の影武者は遠ざかっていった。
 私は、浅井君に成りすまそうとした悪い奴に一矢報いてやったわけだが、いや、ホントごめんなさい。
 これは普通に恥ずかしいというよりは、怖いのと申し訳ないのと、なんというか、悪気があったわけじゃなくて、乗り過ごしたら可哀想だと、良かれと思ったんだけど。世の中なかなか上手くは行かないね。
  
 もう一度は、これもまた男子高校生の時代である。友達と、学校から最寄の駅の、駅ビルにある本屋で待ち合わせをしていた。同じ電車で帰ろう、ということで。
 私は少し遅くなってしまったので、本屋に着くなり友達の西岡君を探した。西岡君はすぐに見つかった。奴は熱心にマンガを立ち読みしていた。
 私は西岡君に近づき、驚かそうと、そっとお尻をなでた。いや、なで回した。
 驚いたのはこっちである。西岡君は西岡君ではなかった。いや、まいった。
 私は、西岡君が振り向くものと思い込んで、ニコニコ微笑んでいた。
 私は、平然と何気ない顔をしながら、何事もないようにその場を離れ、その人から見えなくなった瞬間、走って本屋を飛び出し、電車に乗って帰った。
 どう考えても同じ制服の、同じ男子校の生徒であり、翌日からどんな噂を立てられるのだろうと心配で、電車の中で震えていた。
 まぁ、幸運なことに、翌日は、待ち合わせをしていた西岡君から文句を言われただけで、変な噂を立てられるようなことはなかった。うっほ。
  
 世の中、ほんとに、どんなところに罠が潜んでいるかわかりません。みなさん、気を付けましょう。
 ということで、私の一番恥ずかしかったことは、明日に続きます。