実子と養子と心強さと

  
 光速タッパー高田延彦向井亜紀夫妻の、実子とは認められない、という判決については、まぁ、司法としては妥当な判断なのでしょう。
 それよりもニュースで『代理母』という単語を聞くたびに、ついつい笑ってしまう私はダメ人間なのでしょうね。
 しかし、ノブ高田と向井亜紀の二人が、それほど大きくショックも受けずに、大騒ぎもしなかったのは、非常に好感を持ちました。
 もしここで、実子と認められなかったことで大騒ぎをされてしまうと、日本中のリアル貰いっ子の立場も形無しだったでしょう。
 今回の件とは全く無関係な話ですが、学生時代の、私にとっては衝撃的だった、回心について思い出しました。
  
 大川はブルジョアです。
 私の家のように、郊外に六世帯ぐらいの酷くボロいアパートが五軒しかないようなインチキブルジョアではなく、新宿などの都心部にけっこう高階層なビルを六軒も持っていやがる、相続税は本気で対策を練らないといけないようなブルジョアです。
 金持ち喧嘩せずな奴で、趣味はギターで、私とバンドを組んだりもしていました。私は楽器は出来ないんですけどね。
 他の友達数名と、大川の部屋で話をしているときに、大川には年子のお姉さんがいることがわかりました。年子の二人姉弟です。
 年子のお姉さんですから、一つ年齢が上のお姉さんです。
 ほんまもんのブルジョアの、一つ年上の女性です。私は必然的に「紹介しろ」という話をしたわけです。されませんでしたが。
  
 その大川は四月の生まれで、大川が「もし、もう少し早産だったら、同じ学年になるところだった」という話をしました。
 私は特に深い意図もなく「お姉さんの誕生日は?」と聞きました。
 「九月生まれだよ」
 大川は平然と答えましたが、私は思いっきり引っかかりました。そして昔からデリカシーに定評のある私は直球に尋ねました。
 「えっ? どっちかが養子ってこと?」
 「なんで?」
 「いや、だって、とつきとうか開いてないよな?」
 「ん? あー。ほぅ」
 この時点でさすがに私もヤバいことを言ってしまったかと後悔しました。大川は指を折りながら計算しています。
 「あー、七ヶ月か。ホントだ」
 今の今まで大川本人が気が付いていなかったことのほうが衝撃だったわけですが、この「ホントだ」のあと、大川の沈黙が五秒ほど続きました。私はもう凄まじいまでの居心地の悪さでした。
 その五秒後、大川はのたまいました。
 「でも、どうでもいいことだな、実際」
  
 私はこのとき、高田延彦ばりに鳥肌が勃ちました。
 そうか。確かにどうでもいいな。言われてみれば、本当にどうでもいいことに思えてきました。
 大川は、本当に大した問題ではなさそうに、ゲームの話とかを始めているわけですが、私はちょっと感動してました。
 育ての親との関係性が築かれていれば、本当の生みの親などというのは、極めてどうでもいい些細な問題なのか。そうかもしれん。
 たとえば私の親が、私の実の親でなく、血縁がなかったとしても、確かにそれにより親や兄弟に対して何かが変わるとは思えません。
 これは、私が親を実の親だと思っているからだけなのかもしれませんが。
  
 そのたった五秒での「悟り」に、私は感動しました。
 生みの親より育ての親と言います。その通りだと思います。
 もし私が大川の立場であったとき、私が実子ではなく、養子であったとしたとしても、それは「どうでもいいことだ」と思うでしょう。
 新宿をはじめ、都心のビルを貰えるのであれば、実子だろうが養子だろうが、実に些細な問題です。