死にたくなるほど誰かを愛してしまう理由

  
 普通に人生を送っていれば、一度や二度や三度ほど、死にたくなるほど誰かを愛してしまうことがあるだろう。
 これが四度や五度や六度やそれ以上になってくると、ちょっと心配だ。
 逆に一度もないとなると、それはそれで「君は現代を生きているのかね?」と聞きたくなってしまう。
 この辺に関してはまた後日に書くとして、どうして死にたくなるほど誰かを愛してしまうのか?
 これは一言で言えば、恋愛至上主義が席巻しているからです。
  
 先日、神に選ばれしものというエントリをあげて、そこのコメント欄にて大野さんよりコメントをいただきました。

たとえば封建制では階級制度の中で人々は信仰を糧に生き、それぞれの立場に充足していたので、徒に自意識を肥大させ存在の不安に晒されている近代人より、ある意味で幸せであったという見方はできますね。
しかし平等という概念を知った以上、前近代に戻ることも不可能ですよね。
そこで瀧澤さんは、自分を支える何らかの信仰が必要だとおっしゃっているのでしょうか。

http://d.hatena.ne.jp/takisawa/20070409#c1176133812

 それに対して私は、次のようにお返事を書きました。

概念を知った以上、前近代に戻ることも不可能だとするならば、相対主義を知った以上は、狂信に戻ることも不可能でしょう。
いわゆる「宗教」が「宗教」として振舞うことが許されなくなった現代日本においては、自分のレゾンデートルを見出すために、ひとつの道に逃げようとしているよね

http://d.hatena.ne.jp/takisawa/20070409#c1176221435

 と書いているわけですが、偏差値65以上あればおそらくお気付きのように、その逃げ道こそが「恋愛至上主義」でしょう。
  
 「近代」以降、人間が「個人」という寄る辺なき存在にされ、丸裸で放り出されたとき、最初はその「近代」の先進性に酔っていれば裸の寒さにも気が付かなかったものが、酔いが覚めてくると「俺、裸ぢゃん」と気付いてしまった。
 そこで「自我」という非常に厄介なものに悩まされ続けることになった。「私は私だ!」と叫んだところで、チンチンはぶらぶらと風にそよいでいる。
 「政治」は「自我」という「個人」のアイデンティティクライシスをなかなか救ってはくれないし、「科学」だって冷たく突き放すだけだ。
 この「自我」の問題に救いの手を差し伸べるのは、専ら「物語」を提供してくれる「宗教」と「文学」と政治は政治でも政治「運動」しかなかった。
 日本では「宗教」はもはや死に体であるし、「宗教」が「宗教」として振舞うことすら許されなくなっている。
 「文学」も凋落が激しく、専ら「自我」について取り扱うジュンブンガクも、既に「漱石が全てを語りつくしている」と言われるほどに、焼き直ししかない。
 政治「運動」も、腰の落ち着かない子供の手慰みと化している。
 全てが、幼い「自我」を呼び集め、甘い蜜を吸う道具と化してしまっている。
 それが周知されてしまっているが故に、一部の「文学」を除いて、それらに頼ることは羞恥を感じる。
  
 ここで一番人気として利用されているのが「恋愛」ですよ。
 「私とは何なのか?」「私は何のために生まれてきたのか?」
 自らのレゾンデートルを欲していた人間に対して、なんと心地好い麻薬であろうか。
 「僕は君を愛するために生まれてきたんだ!」
  
 「愛とは素晴らしいものだ」とみんながそう言ってる。テレビもそう言ってる。お前もそう言ったろ。そこにはいいことがあるはずと言ってる。たぶん、そうだろうと言ってる。
 だからこそ、世界の中心で「僕は君を愛するために生まれてきたんだ!」と叫ぶことだって出来るわけです。
 恥ずかしがれよ。
  
 「恋愛」というものが「神」となり、御神体として奉られているのが恋愛至上主義です。
 宗教においての「神」が「愛」に挿げ代わっただけだ。
  
 そこで問うわけですよ。
 「本当に愛は素晴らしいのか?」と。
 誰がそれを決めたんだ? どうやってそれはわかったんだ?
 失恋で自殺する人間は毎年毎年それこそ山ほどいて、上手く結ばれるカップルであっても、明らかに不幸になるのがわかっていながら、愛のために突っ込んでいく人も絶えないわけです。
 例えば統一教会などの熱心な信者などは、本人は充足しているにもかかわらず、外部から見れば自ら不幸一直線にはまり込んでいるわけで、実はそれは恋愛でも全く同じ構造だといえるのです。
 何故に「恋愛」だけがポジティヴなイメージで捉えられるのか?
  
 でも「愛するというのは素晴らしいし、とっても幸せで、すごく楽しいの」という人もいるでしょう。
 たぶん、麻薬も素晴らしくて、幸せで、楽しいと思うよ。あるいは自爆テロだって。