女に好かれるが男に嫌われる男

  
 私がまだ物心がつく前のことですから、十八歳のときです。
 私は男子校上がりで、女性がいるという状況に慣れない故に、女性がいるのが面倒臭くて仕方が無かった。意識をしすぎて疲れるから面倒臭いのです。
 その面倒臭さから、女性を敬遠していました。興味があるにもかかわらず、です。
  
 同級生に神谷君という奴がいました。高校のときの友達の友達で、ジャニーズ系の甘い顔立ちでした。こいつは男子校だったくせに、積極的に女性と交流を持ちたがる奴で、女の集団の中に平気で入っていくツワモノでした。
 そして神谷君は「あー、あいつは男の友達よりも女を取る奴だからな」みたいな陰口を言われるようになります。私も思いっきり言いましたが。
 次に神谷君は、ある目立つ先輩に取り入って親しくし始めました。なんか「尊敬してます」みたいな完全に下手に出るやり方で近づき、可愛がられるという方法です。
 それを見てまた周辺では「太鼓持ちかよ」という冷笑を浴びせていました。私も思いっきり言いましたが。
 で、その先輩に言われて女の子と合コンをセッティングしたり、先輩の車で女の子と一緒にドライヴに出かけたりとかして、そして神谷君が紹介した女の子と先輩が交際を始めました。
 先輩が新車を買うというとき、神谷君はその先輩から前の車を払い下げで手に入れました。それにより先輩はいつでも神谷君に気兼ねなく彼女と二人で、神谷君は自分ひとりで女の子をドライヴに誘えるようになったわけです。
 「ある意味で凄い才能だ」と言いながらも、神谷君は、同級生の男からは完全に孤立していきました。
 「女と先輩には気を遣うけど、男はどうでもいいんだもんな」と。
  
 しばらくして、その先輩が学校から気配を消しました。よく見ればいるのですが、全く目立たないようにしていたのです。ただ動きはちょっと挙動不審です。
 デリカシーに定評のある私は直接「どうかしたんですか?」と聞いたのですが、先輩は「いや…… そっちはどう? 調子は?」と、明らかに怪しげな返答です。
 で、私は他の人に聞いたところ、どうも紹介された彼女を物凄い酷い振り方をしたらしい、という話を聞きました。
 本人は「刺されるかもしれない」と心配して、腹と背中に一冊づつマンガ雑誌を挟んでベルトをしているらしい。あのぎこちなさはマガジンとジャンプのせいだったのか!
 デリカシーに定評のある私は、どんな酷い目に遭わされたのかを何人かに聞いたのですが、誰も知らないと言って教えてくれませんでした。
  
 しばらくして神谷君がその女の子と交際を始めたのです。
 心無い奴らが「彼女まで先輩の中古車かよ」と驚きました。私も思いっきり言いましたが。
 違う男と同じ車で初デートをするのはどんな気分なんだろう?
 そして、神谷君は特定の彼女と付き合うようになってから、他の女の子からも嫌われていくようになりました。
 男どもからの悪評も、女性側からの評価に影響したでしょうし、女性たちに対してのサービスが、彼女に集中したことも原因でしょう。
  
 後日、何故か彼は私のところにきて、話し始めました。
  
 なんで男の友達から嫌われているのかがわからない。男だろうと女だろうと知った顔がいるなら話しかけるのが普通じゃないのか。知らない人といたって、知っている人と話をすることから交流が広がる。男とだって話はしている。
 あの先輩は本当に尊敬していた。だからその気持ちをそのまま表した。今は、彼女に酷い別れ方をしたのを彼女から聞いて、そのことは許せないと思うけど、それ以外のところでは今も尊敬している。
 彼女には先輩の話で相談を受けていた。自分が紹介した責任もあって相談に乗っているうちに本当に好きになってしまった。
  
 私は彼の相談に乗っているうちに本当に好きに、違う違う、そうぢゃ、そうぢゃない。違うよ。全然違うよ。
 私は彼の相談に乗っているうちに、彼は彼なりの正当化があっての行動だったのかと、今になって思えば当たり前のことに感心しました。
 私から彼にとっての助言は至ってシンプルで「好きな彼女と上手くやれるなら、他から嫌われてても良くね?」という、童貞色丸出しの回答でした。
 ある意味では真理だと思いますが、明らかに彼は相談する相手を間違えたとしか思えません。
  
  
 これ、今から考えると、神谷君は空気を読み違えていただけです。
 まわりからどう見られるであろうかをもうちょっと意識すれば、男にもう少しフォローするか、あるいは反感買うことを承知で突き進むか、さらには反感買うことまで楽しむか、などなど意識的に出来たはずです。
 女性に対して異常に気を遣う男でしたから、空気を読めない奴ではないのですが、想像以上に男からの反発が強かったということでしょう。これも私とは逆方向の男子校の弊害かもしれません。
 これはよくあることだし、かといって、男に対してフォローしなきゃならないのかといえば、そんなことはないわけです。しないと不利益を蒙るけど、しなきゃならない義理はないわけですよ。
 どちらかといえば、反感を持つ男の嫉妬のほうが大きなお世話であって、それでも持ってはしまうわけですよ。
  
 嫉妬心を持つことだって、してはいけないわけではないのです。
 その嫉妬心を根拠に、嫌うことも許されるでしょう。そんなものは自由です。恋愛の土俵にて、弱者が強者にできることは、嫌うぐらいのことですから。
 ところがこれが、道徳的非難となると次元が違ってきます。これはしてはいけない。というか、すれば反発は受けて当然でしょう。
 何よりもいけないことは、男に対する嫉妬心から、女性を「中古」と呼ぶなど「蔑むこと」で自身の心の安寧を得ようとした童貞どもの心の醜さでしょう。