北方メソッドの有効性

  
 ヘボメガネ一進一退 [非モテ]北方メソッドの有用性
 ここでいう北方メソッドとは、童貞は風俗に行け、ということである。
 ケンゾー北方が実際にそう言っているかどうかは重要ではない。ケンゾー北方がそう言っているとされていることが重要だ。そして言ってなかったとしても、それはもう言ってるよね。
 ということで、ケンゾー北方が言っている「童貞は風俗に行け」というアドバイス。この有効性について。
  
 id:homomenageさんは、恋愛に対する過度な幻想を打破するために、風俗に行くのもアリなのではないか、という主張をしている。
 私はこれはちょっと違っていて、セックスをしてみても、「セックスはこうなのか」と思えたとしても、恋愛については残ってしまうと考える。これは素人童貞問題の性行為に至るまでの過程的経験の差が、埋まらないからだ。
 つまり、「セックスってこんなものか」と思ったとしても、「それは金銭を解したからつまらなかったのではないか」とか、大したことないと思った理由を、後ろめたさや罪悪感にあるのではないかと思うことになりはしないか? 
 しかも、ここには大きな落とし穴が控えている。
 後ろめたさ+思ったほどではない=惨め
 この数式に対して、耐えられるほど童貞は強くなかったりする。そして罪悪感から、風俗嬢に申し訳なく思ったりする。ありがとうな。金で買ってごめんな。この状況下で童貞はどうする?
 未だ知らなかった女性の柔らかな肉体に触れ、そしてお母さんにオシメを換えてもらって以来、誰にも触れられていなかった股間を優しく揉み解してくれた、私に優しく語りかけてきてくれる女性。
 もうね、惚れる自信があるね。一発で惚れるね。しかも、下手したら落としてしまう自信もあるね。
  
 まぁ、私の個人的なことはいいとして、おそらく「風俗店で得た経験と恋愛で得る経験は違うはずだ」という幻想については消えないだろう。逆に「恋愛がしたい」という欲求は強くなるか、あるいは、また温もりを求めて風俗店に通うだけになるだろう。
  
 ただ、惚れる危険性は常にあるのだけれども、私も風俗店に行けという北方メソッドはある程度は有効であると考える。
 それは「セックスに対する幻想を砕く」ということだ。
 別にその幻想とは「セックスは大したことはない」ではなくて、セックスに対する恐怖心を克服することである。
  
 齢十五にして、周囲にセックスをしたという奴が現れ始め、セックスに興味を持つ。これを志性という。
 二十歳にして、ヤラハタの名に怯えるも、まだまだ周囲にも童貞がいるからと安心している状態だ。
 三十路に入ると、精神的にヤバいなと思いつつも、まだ一応は勃つし、チャンスがあればいけると思う。これを而勃という。
 齢四十、そろそろ肉体的にもヤバいんじゃないかと心配になってくる。このまま負け犬で駄目なんじゃないかと迷いが生じる。これを負惑という。
 人生半世紀、私はここにきてようやく天命を知ったわけです。もうきっとこのまま童貞で一生を終えるんだね。
 還暦を迎え、今私は、それでも女性を落とす方法を謙虚に学び、そして十年後の齢七十までには、心の欲するところに従って、ヤりまくることを夢見ている。
  
 ところが、ここに大きな壁がある。
 もうね、二十歳を過ぎるころから、もし女性と交際ができるようになっても、相手に「初めて」だとバレることが怖いんですよ。これは年々とだんだん大きくなっていく。
 「え? まだだったの?」みたいな視線や反応が怖いのよ。女は怖い。もうね、本当に女が恐い。女は恐いんですよ。女は怖い。今度は薄いサガミオリジナルが怖い。
 で、「いまさら初めてだったの?」なんて言われるが恐いから、初めてじゃない振りをしようとも、これが童貞が童貞じゃない振りをしてもバレるんだよ。
 女って怖いからね、「あ、この人初めてだな」とか心の中で思いつつ、言わないんですよ。ホントに。
 だからもうね、下手に童貞を守り過ぎちゃうと、どんどんとそれが重くなってくるわけです。
 しかも、童貞はそこで下手に居直ってしまって、ここまできていまさら風俗で棄てたくないし、どうでもいいような彼女と、童貞捨てるためだけに付き合うのも悪いし相手もいないし、もし相手ができたとしても「童貞で初めてなんです」なんて言わないといけないのは恥ずかしいし、もういいよ、墓場まで大事にするよ、と。
  
 北方メソッドの効用として、この「いざヤってみたときに童貞だったときの女の目」の恐怖から逃れられます。これは大きい。
 例えば、四十過ぎた男と見合い結婚した女性が、その人と婚約して旅行に一緒に行っても、婚約者が同じ部屋に寝ているのに手も出されず、結果、結婚するまで性交渉がなかったのだけれども、結婚してからわかったことは、相手が明らかに童貞であった、と。
 これは、童貞がバレると結婚破棄されるんじゃないか、というか、性的な未熟を結婚前に知られて、それを理由に結婚破棄をされるのを恐れたのではないか、と言われている。
 さすがに結婚してしまえば、さすがに入籍してしまえば、もう棄てられないだろうという安心感が得られるまでは、その「お前、もしかしてまだ童貞だったの?」という視線は怖い。とにかく怖い。助けて。
  
 これが風俗であっても、一回でも経験しておけば、少しは心に余裕が出るはずだ。これは大きい。
 次に、不本意ながら大事にしてしまっているが故に、どんどんと価値がインフレを起こしていって、勿体無くて容易には棄てたくなくなる「童貞」を、追い銭つけてくれてやろう。
 自分で価値を暴落させてしまえば、もう大事にする必要はなくなるわけだ。
  
 大事にしたくもないのに、どんどんと勝手に価値が上がって行ってしまいコントロールできない「童貞」は、七並べのジョーカーのようなもので、どっかで棄てないと墓場まで持って行くことになる。
 もっとも、私は後生大事に抱えていく所存だぜ。こんな大事なもの、他人にやれるかよ。