貧乏長屋

  
 親父は五軒のアパートを持っている。うち二軒は上物については既に兄と姉の名義になっている。
 土地も建物も親父のものは三軒になるわけだが、これがちっとも儲からない。
 というのも、そのうちの二軒が祖父の代からのものであり、築三十年以上も昔の木造アパートで、駅から徒歩五分のところなのだが、3DKという間取りで家賃が四万円弱というアパートだ。いわゆる下層レベルの生活水準の人のための物件だ。
 私が生まれる前から建っているアパートなのだが、駅から近く、3DKという間取りであるため、車を持たない貧乏な子供の多い家族が入居する。
  
 五世帯のアパートと四世帯のアパートであるので、二軒の合計で九世帯なのだが、そのうちの四世帯が家賃を滞納している。無茶苦茶だ。
 しかもこれまで家賃が払えなくなって二年以上滞納した挙句に夜逃げしたり、退去させたりしたケースが私が知るだけで五件をくだらない。
 そして、建物自体が古く、子供が多い家庭が多いので汚したり破損したりして、それを次の人に貸すためにリフォームや清掃を頼むと、いろいろで六十万円はかかる。お金がない人たちだから、費用はこっち持ちになる。
 もとの家賃が四万円しないので、一年半分の家賃が全て飛ぶことになる。
 駅から五分の土地なので固定資産税もそれなりには取られる。
 しかも、夜逃げなんかされようものなら、残していった家具などを一定期間、預かって管理せねばならなく、その倉庫を借りる費用もこちら持ちとなる。
 それで家賃が未払いの世帯が半分あるわけだから、普通に持ち出しの慈善事業になっている。
 他のアパートや分譲マンションの賃貸との合算で計算してなんとかなっているが、この古い木造の二件だけではしっかり赤字だ。
  
 しかしまぁ、確かに、古くて汚い。
 私が物心ついたころだから、二十一の頃だったと思うが、休みの日に親父に頼まれて、ずっと空き室だった部屋の掃除を手伝いに行った。このアパートに入るのは久し振りだった。
 リフォームされ、清掃されていたのだが、数ヶ月ほど次の入居者がなくて、それで掃除に行ったのだと思う。
 私は、友達から『豪邸』とか言われていた家に住んでいたので、そのアパートを掃除するために中に入ったときには、自分の家との違いにただただ驚いた。
 あまりのショッキングさに私は心神喪失状態に陥り、思わず「いやー、しかし、よくこんなところに住んでいる人がいるもんだなぁ」と呟いてしまった。
 貸している家主側が言っていいセリフではない。
 まぁ、しかし、それだけボロい。古い。汚い。
  
 そのボロアパートしか借りられない人がいるわけで、しかもそういう人は滞納するわけで、夜逃げしたりするわけで、こういう人には貸したくなくて、こういう人は余計に借りるところがなくなって、というスパイラルに陥るため、慈善事業感覚で赤字経営を続けていたのだが、さすがに半数の世帯が家賃を滞納するとどうにもならない。
 そのうえ、古い木造建築なので、耐震構造が云々という問題ではなく地震に危ない。
 こういう人たちというのは、権利系にはうるさい人たちが多かったりするので、地震で被害があったときには訴えられかねない。
 そうなってくるともう、莫迦のお人好しの如く慈善事業の赤字経営でアパートを貸しているのも考え物だという真っ当な結論に向かっていて、家賃滞納者から退去してもらって、新しいアパートを建て直そうという話が、また何度目かで出ている。
 店子に無礼な物言いだという批判も出るだろうが、うちのことだけを考えれば、本当は出て行ってもらって壊して建て直したいのだが、うちを出て行ったら他に借りられるのだろうか? という心配もあるので、新規を取らないという消極的な方法しかないだろう。
 そう思っているのだが、管理会社が家賃の催促に行くと、どっちが債務者かわからないような対応をされることも多いらしい。
 死んだ祖父の意向もあって今まで続けてきたわけだが、どうも仇で返されているようにしか思えない。
 私としては、周辺住民にも迷惑だと思うから出て行ってもらったほうがいいと思うのだが、そうは簡単にはいかないようだ。
  
 その中で、圧倒的に金払いの良い世帯がある。
 子沢山の母子家庭だ。
 子供が六人が一世帯。子供が五人が一世帯。子供が三人が二世帯。この四世帯は滞納がない。母子家庭にもかかわらず。
  
 子供が六人と五人の世帯は、入居時は両方とも子供は四人だった。母子家庭にもかかわらず、入居してから子供が一人と二人増えた。
 管理会社の説明によると、二世帯とも、旦那とは離婚していて、四人の子供を全て引き取って母子家庭であり、生活保護を受けているという。
 そして、管理会社に出した報告では、月額四十万円ほどお金が入るということらしい。それが全て生活保護によるものか、旦那からの養育費とかも含むのか詳しくは聞いていないが、ワーキングプアーには鼻血が出そうな話だ。
 私はその話を聞いたとき、管理会社の人に「それなら偽装離婚して、女は母子家庭で生活保護を受けて、旦那は旦那で扶養家族を諦めて収入を得たほうが賢いですね」と言ったら、管理会社の人は慣れているのだろうか「それでしょうね」と言った。
 そして事実、なんか男の出入りがあると聞いていたら、何故か子供が増えていたりした。
  
 なんとも納得のいかない話なのだが、生活保護家庭は、家賃の支払いが一番優先されるらしい。
 だから、この四世帯は、支払い状況は極めて良い。
 母子家庭が四世帯で、家賃滞納が四世帯で、普通に収入から支払いをしているのは一世帯しかない。
 もう、どうにもならんな。
 どこをどう考えても建て直したほうがいいような気がする。