灯火の命

 竹内由貴の『灯火の命』のストーリーは、三十八歳の建築士である鮎原に脅迫状が届くところから始まる。
 その脅迫状には、目的の分からない指令が書かれており、その内容とは「河沼和昭を殺せ」というものであり、河沼の住所と電話番号が記されていた。
 そして、それが実行されなければ「十人の人間が死ぬことになる」と言い、男女合わせて十人の氏名住所電話番号と顔写真が封入されていた。鮎原には河沼も写真の住人も全く面識がなかった。
 鮎原が、いたずらだと思いながらも警察に行くと、河沼も写真の十人も全て実在の人物であり、しかも十人全員が行方不明状態であることがわかる。河沼は二十七歳のサラリーマンで、勤務中のところを警察に確保される。
 警察は、とりあえず鮎原と河沼に警護をつけ、鮎原と河沼および行方不明である十人の関連などを捜査するも、全く浮かび上がってこない。
 そうこうしているうちに再び鮎原に脅迫状が届く。「早く河沼を殺せ」と。そして、鮎原がやらないから十人のうちの一人である「石橋を殺した」と書かれ、遺体も脅迫状に書かれた場所から見つかる。本当に殺人が行われたわけだ。
 そして、被害者が二人三人と増えていくに従い、行方不明者家族などから情報が漏れ、事件の輪郭がメディアで報じられるようになる。
 連続殺人に全く有効な手を打てない警察への批判が大きくなり、また、鮎原や河沼が、過去に恨みを買う出来事があったのではないかと調査をするメディアに悩まされるようになる。
 行方不明者の一人である佐川の家族が、河沼に対して「あなた一人の命で七人が助かる」と言ったり、同じく行方不明者の高橋の、資産家である父親は、河沼の両親に対して、同じ被害者であり失礼は承知の上としながら「三億円で私の娘の命を助けて欲しい」とお金を持参し、追い返される。
 はっきりとは言わないまでも、メディアによる、河沼一人の命と生存しているとされている残りの七人の命を、比較するような報道に、河沼はノイローゼ状態になり、「自分が死ねば全てが解決する」「自分の知らないところで、誰かを深く傷つけたに違いない」と思い込んでいく。
 そして、河沼は、両親の老後について高橋の父親に不自由ないように頼む遺書を残し自殺を試みるが、間一髪のところで警察に止められる。
 佐川の両親は河沼の自殺を阻んだ警察を公然と批判したし、世間でも「警察が自殺させてれば七人が助かったのに」という、表立っては出ない声が大きく渦巻いていた。それにより河沼はさらに心神が耗弱した。
 行方不明者の一人である中森の父親が被害者連絡会を作り、被害者間で河沼を追い込まないように働きかけるものの、河沼は「自分が死ねば」という呪縛から逃れられない。
 また鮎原に犯人から手紙が届いた。「河沼の自殺では全員殺す。鮎原が河沼を殺せ」ということと、佐川の遺体を遺棄した場所が書いてあった。
 佐川の両親は錯乱状態で、警察と河沼を罵り、河沼は鮎原に自分を殺してくれるように依頼する。しかし鮎原にはそんなことをできようもなかった。
 警察は捜査を続けるも、有効な打つ手はなく手をこまねいているばかりで、さらに五人目の被害者がでる。
 河沼は自分が生きていることが、それだけで悪いかのように苛まれ、鮎原もなにか悪いことをした加害者であるかのように罪悪感を持つようになる。「死にたくて苦しんでいる河沼を殺してあげれば、他の五人を助けることができるのに」と。
  
 犯人は捕まらないはずである。
 犯人である梅川は、出会い系サイトを通じて無作為に人質となる十人をおびき寄せ、自分の借りているスタジオに監禁した。
 次に、電話帳からまた無作為に二人、鮎原と河沼を選び、脅迫状を送った。人質の十人の写真をデジカメで撮り自分で印刷した。また、住所氏名電話番号を免許証で調べたり聞きだしたりし、脅迫状に添付した。
 犯人は、被害者の誰一人とも関係など全くなかったのだ。
 梅川は、自らの仕事が上手くいかないことを、出版社や自分の才能を認めない社会に原因があると逆恨みし、さらには売春でエイズに感染したことを悲観し、自棄になっての犯行だった。
 鮎原に河沼を殺させようとしたのは、社会に対して自分の「能力」を誇示したいという歪んだ動機によるものだった。
  
 梅川の逮捕は、渡辺という刑事が、自らの参加する出会い系サイトに関する掲示板で、常連のように「戦果」を報告していた「タカ」と「翔」が事件発生前後に書き込みがなくなったことを、万が一の可能性として気付いたのが発端だった。それが石橋と佐川だったのだ。
 渡辺が捜査本部の主導と並行して駄目元で独自に調べた結果、偶然、それがビンゴだったという推理性もへったくれもない話だ。
 ネットでは書いても、実生活で出会い系サイトのことなど話をしないことが、事件の唯一の繋がりを見えにくくした。また、新たな被害者の誘拐に際し、既に誘拐した前の被害者の携帯電話を使用することで、梅川は自らを隠すことに成功した。
 最終的には、誘拐の犯行に使われたネットカフェから梅川逮捕に少しづつ進んで行ったわけだが、渡辺が、たまたまその出会い系サイトと、そのサイトに関する掲示板の利用者であった偶然のみで、解決に至った。渡辺が真面目な刑事であれば出会い系などせず、梅川を逮捕できるには、遺体の遺棄を現行犯で見つけるぐらいしかなかっただろう。
 そして、「タカ」と「翔」が事件に無関係であれば、とんだプライバシーの侵害だ。
  
 梅川逮捕後、エピローグとしてそれぞれ被害者について軽く触れてある。
 スタジオで見つかった五人のうち、二人の女性が梅川にエイズを感染されていた。その一人は高橋だった。
 高橋の父親は、娘が出会い系サイトを使ったこと、エイズに感染したことにショックを受けるも、「俺が死ぬまで一緒にいよう」と娘を抱きしめた。
 鮎原は、河沼に対し「殺すべきなんじゃないかと」考えてしまったことを懺悔するが、当の河沼は「自分の命で五人が助かる」という呪縛からは開放されるものの、今度は「自分の命が助かったために五人が死んでしまった」という後悔に苛まれる。
 いったいどうしたら、五人分もの人生に匹敵する「生」を送ることができるのか、というプレッシャーに苦しめられていくのだ。